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千葉地方裁判所 昭和35年(ヨ)107号 判決

債権者 時田昇作

債務者 塚本総業株式会社

主文

債務者が債権者に対し、昭和三五年三月八日告知した釜石出張所勤務を命ずる旨の転勤処分並びに同年三月二一日付をもつてなした解雇の意思表示の効力は之を仮りに停止する。

債務者は債権者に対し、金一四万四一三〇円及び昭和三五年一一月一日以降本案判決確定に至る迄、毎月金一万九六八三円宛を毎月末日限り仮りに支払え。

申請費用は債務者の負担とする。

(注、無保証)

事実

債権者代理人は「債務者が債権者に対し、昭和三五年三月八日付をもつてなした転勤処分並びに同年三月二一日付をもつてなした解雇の意思表示の効力は、之を仮りに停止する。債務者は債権者に対し昭和三五年三月二二日以降毎月末日限り一ケ月金一万九六八三円の割合による金員を支払え。申請費用は債務者の負担とする」との裁判を求め、その理由として、

一、債務者会社は砂鉄の採取、採掘、販売等を目的とする株式会社であつて肩書地に本社を、千葉県長生郡一宮町東浪見七三二二番地に千葉鉱業所を有する外釜石その他数ケ所に営業所又は事業所を有する株式会社であり、債権者は昭和三一年三月一七日債務者会社に雇傭されてその従業員となり、昭和三三年一〇月中旬以降からは右千葉鉱業所に勤務し、同鉱業所の従業員をもつて組織されている総評全国金属労働組合塚本総業支部の執行委員長である。

二、ところで債務者会社は昭和三五年三月八日債権者に対し釜石出張所勤務を命じ、債権者がこれを拒否したところ、更に同月二一日付内容証明郵便をもつて右債権者の転勤拒否は、同会社の就業規則第二三条第一項・第五一条第一〇号に該当するものとして債権者を解雇する旨の意思表示をなした。

三、しかしながら右転勤命令及び解雇の意思表示は次の如き理由による不当労働行為であつて無効である。即ち、

(1)、債権者は前記のように昭和三一年一二月一七日債務者会社に雇傭せられてから、債務者会社の北海道長万部工場、千葉県南三原鉱山等の鉱業所勤務を経て、昭和三三年一〇月中旬頃前記千葉鉱業所の庶務・輸送係社員として勤務するに至つたものであるが、右鉱業所にきてみると、同鉱業所は昭和三一年一一月二七日開設され、鉱員約三〇数名を雇傭しているに拘らず、労働協約はもとより労働組合さえもなかつた。債務者会社はこのような労働者の状態をよいことにし、労働基準法を無視して社員以外の従業員についてはこれに適用すべき就業規則も制定せず、労働法以前の劣悪な労働条件を押しつけていた。

(2)、そこで債権者は労働組合結成の意思を固め、昭和三四年一二月中旬頃から申請外鵜沢整政、同長谷川和子等五・六名の工員と相はかり、その準備を進め、同三五年三月七日債務者会社の従業員二九名を結集して、総評全国金属労働組合塚本総業支部を発足せしめ、債権者はその初代執行委員長に就任した。

(3)、ところが、労働組合の結成を妨害しようとした会社は、右三月七日の組合結成大会終了後午後一〇時頃から翌八日午前七時頃までの間に職制をして組合員一二名を会社の事務室に順次呼び出させ、組合脱退を説得、強要しようとしたが、之に失敗するや、組合結成を防止し得なかつたかどで千葉鉱業所長中台清吉を罷免し、ついで三月八日債権者に対し前記転勤命令を発し、これを拒否するや更に前記解雇の意思表示をなすに至つたものである。

(4)、このようにして債務者会社が就業規則に藉口して組合指導者たる債権者を排除することにより組合を潰滅せしめようとしたことは明白であつて、前記転勤命令及び解雇の意思表示は不当労働行為であり、無効である。

四、そこで債権者は債務者会社に対し雇傭関係の存在確認及び賃金支払の訴を提起すべく準備中であるが、債権者は債務者会社から支給される賃金以外に生活の源泉たるべきものがないのでこのままの状態で本案判決あるまで推移すれば債権者は回復すべからざる損害を蒙るおそれがある。しかも債務者会社は従業員たることを前提として債権者が享受すべき社会保険その他厚生施設の利用を妨げ、且つ職場内における組合活動をも拒否しようとしている。そして債権者の解雇前三ケ月間の平均資金は金一万九六八三円である。よつて前記転勤命令及び解雇の意思表示の効力の停止と右金額の支払を仮りに求めるため本件申請に及んだ。

と述べ、債務者の主張に対し、

債権者が昭和三五年三月五日債務者会社に出向いたこと、転勤命令が同月八日債権者に伝達されたこと、申請外人八谷暁衛が債権者を傷害で告訴し目下同事件が取り調べ中であることはいずれも認める。中台所長が昭和三五年二月二九日以降その主張の如く債権者の転勤問題を取り上げたこと及びこれについてのその後の経過がその主張の如くであること、釜石出張所の事業内容及び之に対する債務者会社の対策等がその主張の如くであつたこと、中台所長が三月五日京都、大阪方面に出張したことはいずれも不知、その余の債務者の主張事実は全部争う。債権者の債務者会社における担当職務は「庶務及び輸送」であつて人事及び労務の如きは事務補助をなしたに止まり、従つて債権者は労働組合法第二条但書第一号の該当者ではない。

と述べた。(疎明省略)

債務者代理人は、「債権者の申請はこれを却下する、申請費用は債権者の負担とする。」と述べ、答弁として、

債権者の主張事実中、債務者会社がその主張の如き目的を有する株式会社であつて肩書地に本社を、千葉県長生郡一宮町東浪見七三二二番地に千葉鉱業所を有する外、釜石その他数ケ所に営業所又は事業所を有していること、債権者が昭和三一年三月一七日債務者会社に雇傭せられ、同三三年一〇月中旬以降右千葉鉱業所に勤務していること、昭和三五年三月七日千葉鉱業所の従業員を以て総評全国金属労働組合塚本総業支部が結成されたこと、その後債権者が右労働組合塚本総業支部の委員長であつたこと、右組合結成当時千葉鉱業所において労働組合法上の労働協約がなかつたこと、債務者会社が債権者に対しその日時の点を除きその主張の如き転勤命令を発令し、ついで昭和三五年三月二一日付内容証明郵便で解雇の意思表示をなしたこと、債権者の右解雇前の三ケ月の平均賃金が一万九六八三円であつたことはいずれもこれを認める。債権者が労働組合結成の意思を固めてその主張の如く準備を進めて来たこと、債権者が総評全国金属労働組合塚本総業支部の執行委員長に就任した日時は不知、その余の事実は全部争う、と述べ、

一、債権者は債務者会社の千葉鉱業所における労働条件が劣悪であつたと主張するが、右鉱業所の従業員は主として附近の農家の人が、農業に従事する傍ら右鉱業所に勤務しているものであり、且つ、その作業内容も海辺の砂丘を強力な磁気にかけて砂鉄を選出することであつて、極めて原始的な軽労働であるのみならず、債務者会社の支給していた賃金は、同一事業内容を有する近隣の鉱業所に比し毎月二、〇〇〇円乃至三、〇〇〇円高かつたし、その後も労務者の日給を徐々に増額しているのであつて決して劣悪な労働条件ではなかつた。

二、次に債務者会社のなした本件転勤命令は債権者の労働組合結成とは無関係であり、且つ、栄転行為である。即ち、

(1)、債務者会社の千葉鉱業所長中台清吉は、同鉱業所において、かねてから債権者より大学が一年後輩の同窓生(明大卒)である高山秀雄が鉱山長をしており、同一職場で債権者がその下にあることについて同情を寄せ、債権者を他に栄転せしめる機会を考えていたところ、偶々昭和三五年二月二八日右高山と債権者が私事で争いを起こし、同鉱業所の業務遂行が円滑に行われないことを知つたので、翌二九日債務者会社の本社において、岡本鉱石課長に債権者の有能なることを説明して本社勤務となるよう申し入れ、同課長の同意は得たが、八木沢常務は、これより先、既に麻生社員の本社勤務が内定したことを理由にその善処方を約したに止まり、その積極的な同意は得られなかつた。

(2)、ところで当時債務者会社の釜石出張所は、昭和二四年開設以来申請外緒方正一を同出張所長に就任させ、富士製鉄株式会社釜石出張所に製鉄用の原料炭及び発電用一般炭を売却納入する業務を担当させていたが、右緒方は年輩(現在五六才)のため営業活動に積極性を欠き、同出張所における一般炭の取扱も一時中断の止むなきに至り、その上最近は右富士製鉄に対する売上も減少する傾向にあつたので、債務者会社は昭和三五年初頃から右出張所の営業活動の拡充を図るため、営業に適し而かも将来性のある有能な社員を配置する必要があつたので、かねてから右出張所長をして一名増員による宿泊場所の準備をなさしめていた。

(3)、そこで、中台所長が昭和三五年三月五日の役員会の席上で債権者の栄転問題を提案したところ、債権者を右釜石出張所勤務とすることに決定され、即日その旨の転勤命令が発令されたが、同日、偶々債務者会社の本社に来ていた債権者が中台所長に無断で正午頃帰り、又中台所長も同日より社用で京都、大阪方面に出張したため、同所長が右出張から帰つた翌日の同月八日午前中に前記千葉鉱業所の事務所で債権者に右転勤命令を伝達したのである。

以上の如く債務者会社が転勤命令を発令したのは、債権者が労働組合を結成する以前の三月五日であり、仮りにその当時債権者が組合結成の準備を進めていたとしても、債務者会社はこれについて何等知るところがなかつたのであるから右転勤命令は債権者の労働組合結成とは何等の関係もない。而かも右転勤命令は債権者の将来の栄進と債務者会社の業務拡充の必要からなされたものであつで、何等債権者に対する不利益な取扱ではない。

三、しかるに中台所長が前記三月八日転勤命令を債権者に伝達したところ、債権者はこれを不当労働行為の疑があると曲解して拒否したので、中台所長は同日より連日前後五日間に亘り右転勤命令の発令された事情を説明し、これは債権者本人の将来の栄進のためになされたもので組合結成とは無関係であることを述べて説得につとめ、更に債務者会社の前岡専務、八木沢常務、中野部長等が一回乃至数回に亘つて事情を説明し説得を続けたが、債権者はその態度を改めようとせず、債務者会社の就業規則第二三条に定められている発令後七日の期間を過ぎても転勤をしなかつたので、債務者会社はやむを得ず就業規則第五一条第一項第一〇号により解雇したものである。

従つて右解雇の意思表示も債権者の組合結成とは何等の関係なく、債権者がその義務に違反し会社の転勤命令に応じなかつたためになされたもので、正当事由に基づくものである。

四、仮りに右転勤命令及び解雇の意思表示が、労働組合の結成を理由になされたものであるとしても、次に述べる理由により、何等不当労働行為とはならない。即ち、

(1)、労働組合法第七条第一号に規定する労働者が加入し、もしくは結成しようとした「労働組合」とは、所謂自主的労働組合のみを指称し、同法第二条第一号の規定に該当する労働者の参加を許す所謂非自主的労働組合は、これに入らないと解すべきである。

従つて右第二条第一号の規定に該当する労働者が自己の参加を許す非自主的組合を結成し、又は之に加入したことにより不利益待遇を受けたとしても、そのことは何等同法第七条第一号の不当労働行為を構成しないと云うべきである。

(2)、ところで、ある労働者が、右労働組合法第二条第一号の規定に該当する労働者であるか否かは、経営体の規模、機構や、その者の担当する職務上の義務と責任、並びに当該労働組合の組織等について具体的に検討して決定すべきところ、債務者会社の千葉鉱業所は職員数名と鉱員約三〇名からなり、その業務は砂鉄を採掘することであり、又総評全国金属労働組合塚本総業支部は、右千葉鉱業所の従業員のみで結成されているものであるが、債権者は右の如き規模を有する千葉鉱業所において、(イ)、人事並びに鉱員の労務一般を掌理する職務を与えられ、全鉱員を監督して之に対する勤務評定を行い、賞与、昇給案を作成していたもので、債務者会社はこれに基づいて賞与の支給及び昇給を実施していたのである。(ロ)、又債権者は鉱業所首脳部の業務打合わせ会議に出席して鉱員の解雇を提案し、人員の配置についての会社側の態度決定に参画していたこと外、労務に関する外部の会議にも会社を代表して出席していたものである。

(3)、従つて債権者は前記千葉鉱業所において、労働組合法第二条但書第一号に所謂「使用者の労働関係についての計画と方針とに関する機密の事項に接し、そのためにその職務上の義務と責任とが、直接当該労働組合の組合員としての誠意と責任とに直接てい触する監督的地位にある労働者」であつたものと云うべきところ、債権者の結成した総評全国金属労働組合塚本総業支部は、かかる地位にあつた債権者の参加を許すものであつて、所謂非自主的労働組合であるから、仮りに本件転勤命令及び解雇の意思表示が右組合の結成を理由になされたものであるとしても、何等不当労働行為となるものではない。

(4)、又仮りに債権者の結成した組合が自主的労働組合であるとしても、債権者は前述の通り労働組合法第二条第一号に該当する労働者であつて、かかる労働者はその職務上の義務と責任が労働組合の組合員としての責任にてい触するから、右の如き自主的労働組合を指導して結成することは許されないものと解すべきである。従つて債権者は本件転勤命令及び解雇の意思表示が不当労働行為であることを主張してその保護を受ける権利はない。

五、更に又本件地位保全についての必要性がない。

即ち、債権者は本件解雇の処分を受けた後、同人の後任者として赴任して来た八谷暁衛を憎み、労働組合員を煽動してしばしばこれに暴行を加え、「ヤタを殺ろせ、」「ヤタガイ、命が惜しかつたら早く帰れ、」等という脅迫のビラを鉱山事務所、同休憩所に貼りめぐらしたが、更に昭和三五年七月六日、債権者は些細なことから口論の上、前記八谷の頸部を両手で絞めつける等の暴行を加え、同人に全治約二週間の頸部挫傷の傷害を負わせ、同傷害事件は前記八谷の告訴により目下官憲の手により捜査中である。かかる危険性を有する債権者は債務者会社の経営機構の中で働く資格はなく、従つて仮りに本件転勤命令及び解雇の意思表示が不当労働行為により無効であるとしても、債務者会社は前記八谷に対する傷害事件を理由に、適法有効に債権者を解雇し得るのであつて、債権者は結局債務者会社から排除せられることになるから、その受領し得る給料の額はわづかである。而かも債権者の家庭はその妻が某会社に勤務して給料を得ており、債権者も自ら雑貨品の商売を営んで収益をあげ、以てその生活を維持しているから債権者の側に回復することの出来ない著しい損害はない。他方債務者会社においては、既に多数の千葉鉱業所の職員及び鉱員が債権者の暴力行為に反感を抱いており、かかる職場に、本件仮処分命令が出されることによつて兇暴な性行を有する債権者が復帰すれば、到底職場における平和と秩序は保ち得なくなつて、債務者会社は著しく損害を受けることになる。従つて本件地位保全の必要性はない。

よつて本件仮処分の申請は失当である、と述べた。(疎明省略)

理由

債務者会社が、砂鉄の採取、採掘、販売等を目的とする株式会社であつて肩書地に本社を、千葉県長生郡一宮町東浪見七三二二番地に千葉鉱業所を有する外、釜石その他数ケ所に営業所又は事業所を有する株式会社であること、債権者が昭和三一年三月一七日債務者会社に雇傭せられてその従業員となり、昭和三三年一〇月中旬以降からは右千葉鉱業所に勤務していたこと、昭和三五年三月七日右千葉鉱業所の従業員をもつて総評全国金属労働組合塚本総業支部が結成されたこと、債務者会社がその日時の点を除き債権者に対し、釜石出張所勤務を命じ、同年三月八日之を債権者に告知したところ、債権者が右転勤命令を拒否したので、債務者会社は更に同年三月二一日付内容証明郵便を以て、就業規則第二三条第一項・第五一条に該当するとして債権者を解雇する旨の意思表示をしたことはいずれも当事者間に争いなく、又証人中野恒男の証言により成立の認め得る疏乙第一号証の一、二及び証人中台清吉、同中野恒男の各証言を総合すれば債務者会社が右転勤命令を決定したのは昭和三五年三月五日であることが一応うかがわれる。

そこで右転勤命令及び解雇の意思表示が債権者の主張する如く不当労働行為であるか否かについて判断する。

一、先づ、右転勤命令及び解雇の意思表示がなされた前後の事情について考察するに、前記当事者間に争いない事実、並びに、原本の存在及びその成立について当事者間に争ない疏甲第二号証、成立に争ない疏甲第一、三号証、同第五号証の一乃至三、同第九号証、同第一〇、第一一号証の各一乃至三、同第一六号証、疏乙第一六号証乃至第一九号証、証人長谷川和子の証言により成立の認め得る疏甲第七号証の一乃至三、同第一二号証の二、証人中野恒男の証言により成立の認め得る疏乙第三号証の一、二、及び同証言により原本の存在及びその成立の認め得る疏乙第四号証、証人平岡光生、同中台清吉、同長谷川和子、同中野恒男、同高山秀雄の各証言(但し、証人中台清吉、同中野恒男、同高山秀雄の各証言中後記信用しない部分は除く)及び債権者本人尋問の結果と弁論の全趣旨を綜合すると、一応次の如き事実を認めることができる。すなわち、

(1)、債権者は前記昭和三三年一〇月中旬頃債務者会社の千葉鉱業所勤務となり、同鉱業所において、庶務・輸送の職務を担当していたところ、当時同鉱業所は、中台所長以下高山鉱山長(現場長ともいう。)及び債権者等数名の職員と女子鉱員約一〇名を含む約三〇名の鉱員からなり、砂鉄採取の事業を行つていたが、同鉱業所には、昭和三一年の開設以来労働協約はもとより労働組合さえもなく、又同鉱業所の鉱員に適用すべき正規の就業規則も制定されていなかつた。そして鉱員は雨の日にも露天で作業に従事し、而かも日常の勤務は一日二交替による一二時間労働の長時間勤務であつたが、時間内労働(八時間)に対する平均賃金は一日二九五円という低廉なものであつたし、又深夜作業に対する所謂深夜手当も特別には支給されておらず、且つ、女子にも深夜作業に従事させていた外、従業員は近く鉱業所の閉鎖されることを恐れていたが、その場合の退職金制度も確立されていない等極めて悪い不安定な労働条件の下におかれていた。そこで債権者は右の如き労働条件を改善するために労働組合を結成しようと考え、昭和三四年一二月中旬頃から右千葉鉱業所の鉱員である申請外鵜沢整政、同長谷川和子等五、六名の鉱員とはかり、毎週一回宛合計十数回に亘り、勤務時間外に所謂勉強会なるものを開いて組合結成の準備を進め、同三五年二月初め頃には当時総評全国金属労働組合の中央執行委員で且つ同組合千葉地方本部の書記長であつた申請外平岡光生を組合結成の準備会に招いて同人の具体的指導を受け、その結果、同年三月七日午後一時から近くの小学校で組合の結成大会を開いて総評全国金属労働組合塚本総業支部を結成し、債権者がその初代委員長に選ばれた外、副委員長に鵜沢整政、書記長に鵜沢隆司、執行委員に田中みさ子、吉野繁、長谷川和子がそれぞれ選ばれた。

(2)、右組合の結成は、当初債務者会社の大阪、茨城にある鉱業所と呼応して慎重に結成すべく極秘裡に計画されていたのであるが、債権者等が前記組合結成の準備をしていた昭和三五年一月頃、地元警察署の警察官が右組合結成の気配を察して債権者の職場に出入りし、従業員からその動向を聞き出そうとしたことがあつたので、前記平岡光生や債権者は労働組合の結成について警察官が使用者側と連絡をとらないで独自に介入、干渉する事例のほとんどないところから、債務者会社が組合結成の動きを察知したのではないかと考え、債務者会社から配置換又は解雇等による妨害行為のなされることを恐れて、当初の予定より約二ケ月繰上げて前記三月七日に組合を結成するに至つた。

(3)、一方債務者会社は、債権者等の右組合結成の準備を急いでいた頃で、その組合結成の直前である三月五日に、先きに認定した如く債権者を釜石出張所に転勤させることを決定したが、当日夜偶々中台所長が京都、大阪方面に出張した関係から、右転勤命令を即時債権者に伝達せず、そのままにしていた。

(4)、ところが、かねてから所謂自主的労働組合の結成されることを好まなかつた債務者会社は、三月七日債権者等が前記労働組合を結成した旨の通告を受けるや、いたく之に驚き、直ちに前述の如く京都、大阪方面に出張していた中台所長を急遽飛行機で呼び戻し、同所長及び債務者会社の前岡専務・中野総務部長等を千葉鉱業所の現地に派遣してその実情を調査せしめると共に、当日夜から翌朝にかけて、夜勤のため出勤していた従業員等を一名又は二名づつ順次鉱業所の事務室に呼び出し、中台所長等会社側役職員をして、組合脱退の説得につとめさせて、組合に対する切り崩し工作を始め、ついで翌八日朝債権者の出勤を待つて中台所長が、直ちに前記転勤命令を債権者に伝達したところ、債権者は右転勤命令は不当労働行為の疑があるとして之を拒否し、その後も之を頑強に拒否し続けたので、債務者会社は同年三月二一日就業規則第二三条第一項・第五一条第一条第一〇号により債権者を解雇した。

(5)、又債務者会社は、それ迄毎年五月又は一〇月に実施していた従業員に対する健康診断を、右組合結成後間もない同年三月一一日頃突如として実施し、債務者会社の社長と親戚関係にある医師塚本達夫がその所長をしている塚本総業診療所でその診断を受けさせ、地元の秋場医師の診断に基づき右診療所長塚本達夫の同意を得て、三月二一日組合活動家と目されていた鵜沢整政、関清、長谷川和子を結核であるとして休業命令を出したが、右三名がその後千葉医大や千葉北部病院で診断を受けたところによれば、同人等はすべて異常なしとか、軽労働にさしつかえない旨の診断がなされており、組合員から右休業命令は不当であるとの強い抗議が出されたこと、及び右三名の健康状態は組合の右抗議によりその後復職してからの作業状況等によつても分るとおり大して通常人とかわりがなかつたこと、その他債務者会社は、当時組合員やその家族にビラや声明書等の文書を配布して債権者等の結成した組合を攻撃して組合員にその脱退を呼びかけ、或は一部の組合員に対し職場内の配置換を行う等組合の切り崩し工作と疑われる行為をした。

との各事実を一応認めることができ、右事実に反する証人中台清吉、同中野恒男、同高山秀雄の各証言は、いずれもにわかに信用し難く、他に右事実を左右するに足る疏明はない。

二、次に債務者の主張する転勤事由についてみるに、

(1)、証人中台清吉、同高山秀雄の各証言、及び債権者本人尋問の結果を綜合すると、千葉鉱業所においては、大学(明治大学)で債権者より一年後輩であつた高山秀雄が鉱山長(現場長)をしており、債権者がその下にあつたけれども、そのことで特に債権者と高山との間に感情的なしこりはなく、却つて債権者が昭和三三年一〇月右千葉鉱業所に転勤して以来両者の間柄は至極同満であつたこと、ただ昭和三五年二月右高山が本社に報告すべき業務成績の内容を実際の出来高より水増して報告したことがあり、そのことで債権者から非難を受けたため互いに口論したことはあるが、そのために右両名の間柄が同一職場で働くことのできない程に急速に悪化したこともなければ、高山自身債権者が他に転勤することを特に希望していたこともなかつたことが一応認められるのであつて、当時右高山との関係から債権者を特に他に転勤させる必要は全くなかつたことが認められ、他に右認定を左右するに足る疏明はない。

(2)、次に、証人中台清吉、同中野恒男の各証言と弁論の全趣旨によれば、債務者会社の営業部に属する釜石出張所は、申請外富士製鉄株式会社釜石製鉄所に石炭等を売却、納入していたが、同出張所の従来の営業内容は債務者会社の他の営業所乃至出張所に比し、極めて小規模であり、同出張所に配置されている人員も五〇才を過ぎた高令の従業員一人だけであつて、その営業成績も不良であつたことが一応認められるところ、かかる小規模の而かも格別発展性のあるとも思えない釜石出張所に対し、債務者の主張するが如く債務者会社が昭和三五年の初め頃になつて急に同出張所の重要性を認め、之を拡充発展させようと企図したことについての客観的且つ具体的事由の存在については何等の疏明もないし、証人中野恒男の証言によれば、その後現在に至る迄債権者にかえて他の社員を右釜石出張所に派遣していないことがうかがわれるのであつて、この点につきただ抽象的に会社の業務拡充の必要から債権者を同出張所に転勤させた旨の証人中野恒男の証言はたやすく信用することはできず、他に此の点に関する債務者の主張を認め得る疏明はない。

(3)、又右の如く従業員一人の小規模な、而かも東京に近い千葉鉱業所から遠く離れた僻地の釜石出張所に転勤になることは、それによつて著しく昇給をするとか、或は将来役職のある地位につくことを保証されているとか等の特段の事由があれば格別、そのような事情のない限り、右転勤命令それ自体が一般的に云つて不利益な処分であると解すべきところ、債務者会社が債権者を右釜石に転勤させるについて、右のような優遇を与えたことについては、之を認めるに足る適確な疎明はない。のみならず、却つて成立に争のない疏甲第一五号証と証人中台清吉の証言及び債権者本人尋問の結果によれば、当時債権者は千葉市に居住し、その妻が東京都内にある全国農山漁村振興協議会に勤務して、所謂共稼ぎをしながらその生活を維持していたのであつて、債権者が右釜石に転勤すれば、妻は必然的にその勤先を失い、一家の収入は減少して債権者は経済的に不利益を受けることになるか、或いは逆に妻が従前からの勤務を継続しようとすれば債権者は新婚後わずか八ケ月余の妻と別居することを余儀なくされ、且つ経済的にも生活が二重になること(しかも中台所長自身債権者が本件転勤命令に応ずれば債権者は妻と別居せざるをえないことになると当時考えておつたこと)が一応認められる。従つて債権者が釜石に転勤になることは、債務者会社の主張するが如く栄転行為とみることはとうていできない。

(4)、而かも証人中台清吉の証言によれば、同人は昭和三四年七月千葉鉱業所の所長になつて以来、つとに債権者の有能なることを認め、かねてから債権者を他に栄転させることを考えていたが、同所長は当時債権者の妻が東京に勤めをもち、所謂共稼ぎをしながら生活を維持していたことを知り、右債権者を栄転せしめるにしても引き続き妻と共稼ぎの出来る東京の本社へ転勤させようと考えていたことがうかがわれる。従つて債権者が釜石へ転勤になることは、同所長の右意図に著しく反することとなつて、この点からするも同所長が債権者の栄転問題を取り上げ、これに基づいて本件釜石への転勤が決定された旨の証人中台清吉、同中野恒男の証言は信用出来ず、此の点に関する債務者の主張も理由がない。

よつて債務者の転勤事由に関する主張はいずれも首肯できないし、又債権者を釜石へ転勤させることは正に不利益な取扱になるものと断ぜざるをえない。

以上一、において一応認定した如き本件転勤命令の発令された前後の事情、即ち、(イ)、債権者等は債務者会社が本件転勤命令を決定する相当以前から組合結成の準備を進めていたこと、(ロ)、右準備期間中に警察官が債権者等の職場に出入りして組合結成の動向を探知しようとしたこと、(ハ)、警察官が使用者側と連絡をとらずに、独自に組合結成に介入し干渉するということは通常少いこと、(ニ)、本件転勤命令は組合の結成される直前に決定され、且つ、債権者に対するその告知は、組合結成の直後わざわざ出張中の中台所長を急遽呼び戻してなされたこと、(ホ)債務者会社は右組合の結成されたことを知るやその夜直ちに会社の幹部数名を派遣して、組合の切り崩し工作を始め、その後も之に類する行為を続けたことの諸事実と、昭和三四年一二月中旬ごろから二ケ月半位にも亘つて組合結成の運動をやればいくら秘密裡にやろうとしても小さい作業所のことであるから何らかのきつかけから会社側にその旨察知される場合がむしろ多いと考えられることや前記二、に述べた如く債務者の主張する転勤事由はいずれもその理由のないことの明白なこと等を彼此綜合すれば、本件転勤命令はさきに認定した如く組合結成前の三月五日に決定されたものではあるけれども、債務者会社は、当時債権者等が組合を結成しようとしてその準備を進めていることを察知し、これを妨害しかつその結成工作において中心的役割を演じていた債権者を懲戒することを主たる目的として本件転勤命令を決定したものと認めるのが相当であつて、本件転勤命令は結局債権者が労働組合を結成しようとしたことを理由にしてなされた不利益な取扱であることはけだし明白なところであると言わなければならない。

そこで次に、「債権者は労組法二条但書一号に規定されるいわゆる監督的地位にある労働者であり、したがつて本件労働組合は同法七条一号にいう「労働組合」ではないから本件各処分は不当労働行為ではなく、又仮りに本件組合が同法七条にいう「労働組合」であるとしても債権者は同法二条但書一号に規定する労働者に当るから、本件各処分を不当労働行為であると主張する権利はない」旨の債務者の主張についみるに、なるほど、労組法第二条本文と但し書以下各号の規定並びに第七条第一号の規定を全く形式的によめば労働組合の解釈について或いは債務者の右主張するような見解も出てくるかもしれないが、しかし憲法にその根拠を置く労働者の団結権の本質からみれば、憲法ないし労組法は正に労組法二条本文に所謂経済的地位の向上を目的とする自主的労働組合そのものを保護しようとするものであつて、この趣旨からすれば、実質的に右の如き自主性のある労働組合は、単に形式的に同条但書第一号又は第二号の要件をかね備えているか否かにかかわりなく、一定の範囲例えば争議行為に対する刑事・民事の免責はもとより、その組合員の正当な組合活動を理由とする不利益待遇も不当労働行為として労組法上の保護を受け得べきものと解すべきである。しかして同条但書一号・二号に該当する組合は通常直ちに自主性を持たないものと観念的には一応考えられ易いが、しかし組合の自主性と同条但書一号・二号に掲げる要件を具備することとは現実において必ずしも矛盾した事柄ではないのみならず、却つて組合が正に労組法の意図する如く自主的かつ強力になつてゆけばゆくほど主任・係長・課長クラスのいわゆる職制までが次第に労働者的感覚を帯びて組合の陣列に参加してゆくことや或いは組合の「自主的な」要求により使用者から例えばいわゆる組合専従者の有給制を獲得する等組合の便益を上から「与えられる」のではなしに下から「斗いとる」に至ることも労働運動の実際上否定しえない現実であること等からすれば、前記第二条但書第一号又は第二号の要件を備えながら尚その組織上から云つて自主性を有する組合のあることは明白である(これに対し同法二条但書三号・四号の要件の存在は同条本文の要件とつねに矛盾するものであるから、これと同列には論じられない。)。

したがつて、およそ同法第七条第一号にいう「労働組合」であるか否かは、当該組合がもつぱら同法第二条本文の要件、とくに使用者に対抗する自主性をそなえているか否かにより実質的に決せらるべきであつて、債務者の主張するが如く単に形式的に右第二条但書第一号に該当するか否かの一事のみによつて決すべきではない(同旨、東京地裁昭和二五年一月三〇日決定労働民集一巻一号一三頁、仙台地裁同年五月二二日決定同集一巻三号三九一頁等参照)。よつてこの点につき、単に債権者が労組法第二条但書第一号に該当することのみを前提にしこのことから直ちに本件労働組合を非自主的労働組合であるとする債務者の右主張は他に本件組合が実質的に同条本文の要件を備えていない(真の意味での)非自主的組合であることについて何らの主張もしない以上、債権者が二条但書一号に該当する労働者であるか否かを判断する迄もなく主張自体理由がない。のみならず却つて前示認定の諸事実から明らかなように本件労働組合は労働者が主体となつて、労働条件の維持改善その他経済的地位の向上を図ることを目的とし、且つそれが結成されたというだけでむしろ債務者会社を驚愕させるに充分なほどの「自主性」を有していたものであるから、本件労働組合は労組法第七条第一号にいう「労働組合」であると云わなければならない。

尚労組法第二条但書第一号の規定に該当する労働者であつても、同法第三条の労働者であることはもちろんであるから、本件労働組合の如き自主的労働組合を結成し、指導することの許されることは、労組法上当然であつて、かかる労働者の組合運動を否定する理由は何等ないから、本件債権者が使用者の利益代表であることを前提として不当労働行為に対する保護を受ける権利がない旨の債務者の主張も又それ自体失当である。

してみれば、債務者会社のなした本件転勤命令は労働組合法第七条第一号に所謂不当労働行為であつて無効と云うべく、右転勤命令を拒否したことを理由になされた本件解雇の意思表示も又無効と云わなければならない。よつて債権者は債務者会社の千葉鉱業所勤務の社員として現に債権者と債務者会社との間に雇傭関係が存続していると云うべく、又債務者会社が昭和三五年三月二二日以降債権者を債務者会社から排除して労務の提供を受けていないことは弁論の全趣旨から明白であるから、債権者は、債務者会社に対し同日以降の賃金請求権を有しているところ、債権者の右解雇前三ケ月の平均賃金は一万九六八三円であつたことは当事者間に争ない。

そこで最後に本件仮処分の必要性について判断するに、成立に争ない疏甲第一五号証及び債権者本人尋問の結果によれば、債権者は本件解雇の意思表示がなされた後は債務者会社から排除せられてその受け得べき給料を受領しておらず、ただ妻が東京都内の全国農山漁村振興協議会に勤め、日給三五〇円の割合で一ケ月約八、五〇〇円程度の収入を得ている外は何等の収入源もないこと、そして右妻の収入も毎月四、三〇〇円の家賃を支払えばその残りはわづかとなつて到底債権者夫婦の生活を維持することが出来ず、他に何等の収益もない債権者は、経済的に窮迫な状態にあることが一応認められる。尤も債権者本人尋問の結果によれば、債権者は本件仮処分の申請をなした後、職業安定所から一日四三〇円の割合による失業保険金の仮給付を受けていることが認められるが、この失業保険金は、一時的な救済であつて賃金とその性質を異にし、而かも本件仮処分によつて賃金の支払を受け得るようになれば、現に受領した保険金は直ちに之を返還しなければならないのであるから、このことをもつて仮処分の必要性を否定する理由とはとうていなし難い。

尚債務者は仮りに本件解雇が無効であるとしても、債権者は右解雇の意思表示を受けた後、屡々暴力行為に出で、遂に昭和三五年七月六日債権者の後任者である八谷暁衛に暴行を加えて全治二週間の傷害を与えたので、債務者会社は之を理由に適法・有効に債権者を解雇し得るから仮処分の必要はないと主張するが、右傷害事件を理由に改めて有効に解雇の意思表示をすることができるか否かは別として、債務者会社がその後現実に右解雇の意思表示をしていないことは弁論の全趣旨より明白であるから、本件債権者が現に債務者会社千葉鉱業所の従業員であることには変りがない。従つて此の点に関する債務者の主張はそれ自体失当であつて、何等仮処分の必要性を左右するものではない。更に債務者は債権者は兇暴な性行を有し、債権者が債務者会社に復帰すれば職場の秩序が保ち得なくなり債務者会社は著しい損害を受けると主張するが、右主張事実を疏明するに足る何等の資料がないばかりでなく却つて証人中台清吉、同高山秀雄の各証言、及び債権者本人尋問の結果によれば債権者は本件転勤処分を受ける迄は暴力行為に出たこともなく、極めて有能な社員であつて職場の秩序を乱したこともないことが一応認められるのであるから、債務者会社の右主張も又理由がない。

そして債権者はその申請の趣旨として「債務者会社が昭和三五年三月八日付をもつてなした転勤処分」の効力停止を求める旨申立てているが、右債権者の申立てている転勤処分も前記認定の債務者会社が昭和三五年三月五日決定し、同月八日債権者に告知した転勤処分も、その特定の表示方法を異にしているのみであつて、彼此同一であることは弁論の全趣旨から明白である。よつて右転勤処分及び昭和三五年三月二一日付をもつてなされた本件解雇の意思表示の効力を仮りに停止し、且つ、本件口頭弁論終結当時既に弁済期の到来した賃金である昭和三五年三月二二日以降同年一〇月末日迄の一ケ月金一万九六八三円の割合による合計一四万四一三〇円(但し、一円未満は切捨)及び同年一一月一日以降本案判決の確定に至る迄毎月末日限り金一万九六八三円宛の賃金の仮払を求める本件仮処分はその理由及び必要性があるから之を認容し、申請費用につき、民事訴訟法第八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 後藤勇 高瀬秀雄 遠藤誠)

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